吉田松陰の詩碑

吉田松蔭は、日本の未来を心配して、23歳で江戸に出て、佐久間象山に師事し、洋学を学びます。

江戸後期は反幕運動が盛んになり、幕府はこれを鎮めるために、「安政の大獄」と呼ばれる弾圧を行い、多くの反幕の大名や志士たちを捕らえました。

吉田松蔭も囚われの身となり、安政6年(1859年)5月、長州の萩から江戸に送還されることになりました。そして、小瀬川まで来たところで詩を詠み、故郷長州に最後の別れを告げ江戸に向かいました。

「夢路にも 帰らぬ関を 打ち越えて、今を限りと 渡る小瀬川」

木野村に上陸した松陰は、小方村の駕籠を担ぐ人たちによって、苦ノ坂を超えたと言われています。

吉田松陰は、その年の10月に30歳の若さで処刑されました。