市内歴史案内「西国街道大竹路と長州の役大竹口の戦跡」

925日(火)、日本産業退職者協会広島支部の会員による「歴史探訪会」の皆さん50名が、「西国街道大竹路を訪ねて」を研修テーマとして大竹市に来られます。

ご案内するコースは、西国街道玖波宿小方の町並み福島正則築城「亀居城跡」~長州戦争古戦場跡の史跡を予定しています。

バス台参加者50名をご案内するのは初めてのことで、歴史研究会上げて歓迎してまいります。 

「歴史講演会」の開催について

大竹市歴史研究会は、昨年に引き続き、市民参加の「歴史講演会」を開催いたします。
皆さんとともに市域の歴史を学習したいと思いますので、広くお誘い合わせの上ご来場いただきますようお待ちしています。

第1回 柳井市文化財保護審議会 会長 松岡睦彦 先生  6月23日()
    
大竹市総合市民会館2階ホール 午後1時30分~3時30分
    
テーマ「吉川家の歴代の歴史」」 

2回 秋芳町地方文化研究会 会長  蔵本隆博 先生 7月21日(土)
    
大竹市総合市民会館2階ホール 午後1時30~3時30
    テーマ
「来島叉兵衛と禁門の変」 

第3回 講師 浄土宗称名寺 前住持職 伊藤倫雄 先生  8月25日(土) 
    
大竹市総合市民会館 2階ホール 午後1時30分~3時30分 
    テーマ
「案外知らない大竹の話」

「歩いて発見!西国街道 大竹路」映像紹介に協力

「ケーブルテレビちゅピcom制作部による「歩いて発見!西国街道 大竹路」のロケーションに、大竹市歴史研究会の畠中会長が前編、河野副会長が後編に分かれて案内役を務めました。

前編は、西国街道大竹路を小瀬川の「木野川の渡し」から東に向かい、幕末長州の役芸州口の戦いの古戦場跡「苦の坂峠」を越え、小方に入り「亀居城跡」、「西念寺の砲弾跡」などのロケーションを行いました。
この前編は416日に放映され、続いて後編のロケーションを417日に行い、「小方の町並み」、「(けごろも)の碑」、続いて玖波に入り京を発して32番玖波宿の史跡、「称名寺の喚鐘」、「手水舎」、漆喰塗・起り屋根・卯建という大正前期の建造物「小城材木店」、そして宿場の中程にある駅伝中継所の「角屋釣井」など多くの史跡を巡り、最後に廿日市市大野境「鳴川の石畳」の撮影して、穏やかな大野の瀬戸を見下ろしながら、大竹路のロケーションを終えました。

後編は、5月中旬にケーブルテレビ・ちゅピcomふれあいの番組で放映される予定となっています。

玖波小学校6年生  総合学習「西国街道 大竹路」を完全踏破

平成24年(2012年)度より、大竹市立玖波小学校6年生の総合学習では「今住むわが町を知ろう」 をテーマに、大竹市歴史研究会の案内で玖波の町並み探訪を行っています。
本年度は、「西国街道大竹路」74町3間(約8071m)を「しっかりとした足取りで踏破したい」という 児童の希望により、玖波小学校の校長先生以下教職員の方々の理解のもと、屋外活動を主体とした歴史学習の計画を立案しました。

事前説明 11月30日(木)午前10:10~12:20

校内研修室で大竹路全行程の画像をスライドに編集し、一コマずつ語り継がれた歴史と今も残る貴重な文化財について話しながら、2時間余による学習を終えました。

4か所の峠越えの難所「大竹路」の行程は、廿日市市大野境鳴川地区の「鳴川の石畳」から広島・山口両県の境を流れる小瀬川の「木野川渡し」までを、屋外3回シリーズで行うことにしました。

屋外学習1日目 12月4日(月)午前10:00~12:20

最初は廿日市市大野境の橋からスタート。橋を渡りまもなく急坂にかかります。
この急坂は「鳴川の石畳」と呼ばれ、長さは22mで、鳴川から運んだ花崗岩をしっかりと敷き詰め今日までその姿を残しています。
寛永9年(1632年)に加藤清正の嫡子忠広が急遽幕府の命令によって熊本藩から出羽庄内藩一万石に改易されます。熊本城の明け渡しを見届ける役目であった幕臣内藤政長は、滞りなく熊本城の明け渡しが行われたことを確認した後、往路では船酔いがひどかったため、帰路は西国街道を歩いて江戸に帰ることにしました。この知らせが広島藩に伝えられ、西国街道の整備が急ピッチで進められ、雨で山道がくぼんだこの坂道を緊急に整備し、「鳴川の石畳」が完成したと言われています。
「鳴川の石畳」から難所「鉾の垰」、「馬だめし」を越え、宿場の香りが残る玖波の町並みの中心部に入り、「角屋釣井」、「高札場跡」、「本陣洪量館跡」、漆喰造りの「小城材木店」、そして宿場の特徴である「鍵型の道」が江戸時代から残されていることを学習しました。

また、現在でも昭和の面影残る「魚屋さん」が2軒あります。元気な声で挨拶をする児童たちに、元気をもらったご夫婦の笑顔が印象的でした。
忘れられつつある昭和の風景を、今も醸し出しています。

その後は、称名寺に行きました。長州の役による焼失を免れた貴重な文化財を確認したところで屋外学習の1日目を終え、児童たちは楽しみな給食の待つ玖波小学校に帰って行きました。

屋外学習2日目 12月7日(木)午前9:00~12:20

2日目は玖波地区の氏神社「大歳神社」からスタートしました。大歳神社にも歴史を知らしめる「力量石」や 「神生石(みあれいし)」などの文化財があります。これらは近郊では見られない、社のない時代日本民族は山や岩などを信仰の対象としていた時代のものと言われ、現在も大切に信仰としてまた文化財の一つとして保存されており、児童たちは驚きの顔で説明を聞きノートにしっかり書きとっていました。
それから黒川地区に入り「大膳橋(現湯舟橋)」は、関ケ原の合戦後の慶長8年(1603年)、亀居城築城時に物資輸送のため、ここに福島正則の家老 木造大膳が架けたといわれ、村人たちが喜んで「大膳橋」そして川も「大膳川」と呼ばれるようになりました。
ここから「亀居城跡」へと足取り軽く歩き、およそ400年前に築かれた城の跡には多くの貴重な史跡が残されています。
井戸2ヵ所跡・刻印・矢穴跡・天守台石垣跡など、また本丸に立てば「三県一望」として広島湾の西南部を一望でき、眼下には企業城下町として活発な経済活動をしている工場群を見ることができます。
また、亀居城跡から南に下って、「西念寺(長州の役砲弾跡)」~小方の町並み(和田家の長屋門~芭蕉の150回忌記念句碑・けごろもの碑)」などの貴重な歴史をしっかり学習し、元気な声を快晴の空高く響かせながら、疲れを見せず2日目を終え、徒歩で玖波小学校まで帰って行きました。

屋外学習3日目 12月13日(水)午前9:15~12:00

最終日は、最後の難関である御園地区の「苦の坂峠」口に、スクールバス2台で6年生27名、校長先生、教職員数(3名)が集まりました。
この頂上において、慶応2年6月14日(1866年)早朝、幕府軍1000の兵に対し、長州遊撃隊など250の少数精鋭部隊が戦闘を開始し、2時間余の攻防の末、幕府軍を小方に追い落としまた。「長州の役苦の坂攻防の地」として、当時の姿をとどめています。その後江戸幕府は朝廷に政治を返上、近代日本の夜明けを迎えることになった貴重な古戦場跡です。
苦の坂峠から西に下り、木野二丁目に入ると、伊都岐嶋姫命伝説の「榺池神社・汐湧石」があり、鎮守の森に囲まれ、約1400年前の推古天皇の時代にタイムスリップすることのできる静寂さを感じます。この伊都岐嶋姫命が九州大宰府から現在の苦の坂に差し掛かり、重く感じた「榺・縦糸のロール」を池に投げ落とし身を軽くして厳島に渡ったという伝説から「苦の坂峠」と呼ばれることとなりました。また、1年で一番満潮の高い旧暦6月17日神社の基礎となっている「汐湧石」から汐が吹き出るといわれています。

そこからしばらく歩くと、古老たちが長く語り継いだ「太閤振舞い井戸」があり、きれいな湧水が出ています。           木野一丁目(中津原)は、約400年前の慶長年間に、村人が住めるよう「小林の三角和久」、そして約100mの城の石垣のごとく頑丈な「巻き石」を築き、川の流れに沿った円形の中州を新田開発として成し遂げ、村人が住めるようになったといわれています。そして町屋に入ると、江戸時代京の都から多くの朝廷の要人、各藩の大名による参勤交代で西国街道は賑わい、芸防の境を流れる小瀬川の水嵩が高くなると渡しの舟が出ないため、要人たちが休息した庄屋格の見廻り役の児玉家に立ち寄り休息したといわれ、今でも地区の人たちにより親しみを持って「本陣門・開かずの門」と呼ばれています。 

そして小瀬川の中継地として栄えた、大正・昭和初期の町並みが残る木野一丁目「格子戸通り」を学習して、児童の大いなる希望であった「西国街道大竹路」を完全踏破しました。
たくさんの歴史の話や文化財を記録して、スクールバス2台に分乗し、大竹市歴史研究会の畠中会長、河野副会長に一生懸命手を振りながら、総合学習を終え、玖波小学校に向かって行きました。

玖波小学校6年生 総合学習「山陽道大竹路4回シリーズ」の実施

玖波小学校の総合学習にて、4回シリーズで大竹市の歴史についての授業を実施することになりました。
子どもたちに大竹市の歴史を知ってもらい、興味を持ってもらえるようがんばります。

・第1日目 西国街道大竹路のスライド紹介(校内授業)

第2日目 玖波地域の散策 「鳴川の石畳」~鉾の垰~馬だめし~延命地蔵~角屋釣井と高札場跡~小城材木店~本陣洪量館 跡~称名寺~大歳神社 

第3日目 小方地域の散策 大膳橋~亀居城跡~西念寺~小方の町並み~厳神社~亀居城築城犠牲者慰霊之碑

第4日目 木野地域の散策 苦の坂東口~兆条「長州の役古戦場」~榺池神社と汐湧岩~太閤振る舞い井戸~大元神社~両国橋~小林の三角和久~巻石~「木野川の渡し場」~木野1丁目

 

 

木野の町並みの歴史と文化財を訪ねて

大竹市歴史研究会では、市域内研修として年1回各地区で歴史学習を行っています。
今回は、12月2日(土)に会員20名で木野1・2丁目の「町並みと文化財を訪ねて」をテーマとして散策を行います。

木野地区は、明治後期から昭和初期まで小瀬川の水運中継地として栄えた地区で、木野1丁目(通称「中津原」)には、古くからの伝統を守る「格子戸」の家並みが残る静かな通りがあり、今では近郊では見られなくなった大正、昭和の町並みの姿を残しています。

本陣門・開かずの門

当日は「小瀬川の自然堤防」、「中津原格子通り」、「氏神社(拓本実習)」、「本陣・開かずの門」、「木野川の渡し」などを散策し、親水公園「水辺の楽校」で弁当を開きます。
午後からは、木野2丁目に向かい、新装となった真宗高龍山「善福寺」に参詣、「大元神社」、「太閤振る舞い井戸」、「長州の役古戦場」、伊都岐嶋姫命伝説「榺池神社」などの歴史・文化財を探訪し、15時ころ研修を終了します。

いつまでもこの地区の姿を残したいと思います。

市民参加による「歴史講座」を開催します

私たち大竹市歴史研究会では、初めての試みとして3ヵ月内で3回の日程で市民参加による「歴史講座」を開催いたします。
今住むまちの過去を振り返り、一緒に“ふるさと史”を学習しましょう。

場所はいずれも大竹市総合市民会館2階第1研修室です。
開場は午後1時からで、入場は無料となっています。
お気軽にご参加ください。

日程

1
日時:
612日(月) 午後130分~330
内容:スライド 上映 テーマ「西国街道 大竹路」
    大
竹市歴史研究会 会長 畠中畃朧

2
日時:
710日(月)午後130分~330
内容:講演 テーマ「世界遺産の島 厳島のくらし」
    
現 広島民俗学会 常任理事・事務局長
    
元 宮島歴史民俗資料館 学芸員・副館長 岡崎 環先生

3
日時:
821日(月)午後130分~330
内容:講演 テーマ「史料を読み解く幕末期の大竹市域」
    山口県和木町文化財保護審議会 会長 正中克磨先生

 

歴史学習「神社参詣と境内学習」

大竹市歴史研究会では、大竹市内の「玖波宿」「亀居城跡」「幕長戦争の史跡」など7つのコースを作成し、案内やスライド上映による紹介活動を行っています。

平成29年度の最初の学習活動として、4月1日(土)に歴史研究会の会員を対象に、「大瀧神社の歴史と文化財を訪ねて」と題した学習会を開催します。
大竹支所前を出発して、本町通りの散策から大瀧神社境内の文化財の紹介、神社参拝、東に面する戦没者の御霊を祀る招魂社まで約2時間半のコースとなっています。
最後は、境内の桜の名所でお花見弁当を開き、新年度の活動に対する「和」と高め、市域内学習の日程を終える予定です。


 

 

 

 

 

幕長戦争大竹口の戦い 今に残る史跡を訪ねて

続いて、4月22日(土)には、広島市安佐北区「三田郷土史会の20数名の方をご案内する予定です。
幕末の「幕長戦争芸州口の戦いの跡を訪ねて」を主たる研修目的として、また、福島正則の支城「亀居城跡」の歴史と400年前の築城時の「刻印群」「井戸跡」「天守閣の石垣」、本丸からの大竹市の企業城下町、広島湾西部の三県一望の絶景、そして同史跡公園内の郷土出身の作詩家石本美由起の「詩の坂道」などを紹介する予定です。
午後は江戸時代初期から盛んに行われてきた大竹和紙の歴史を引き継いでいる「大竹手漉き和紙保存会」にご協力いただき、紙漉きの実演・工程説明などを見学する予定です。

 

 

 

 

 

 

大竹市文化協会 郷土を学ぶ「文化講演会」

5月17日(水)は、大竹市文化協会の事業である文化講演会で、大竹市の歴史について紹介いたします。
テーマは、「元町・白石界隈の石造物」で、10ヶ所の記念碑・顕彰碑などをスライド上映で紹介いたします。
その中には、公家の近衛忠煕や第7代内閣総理大臣大隈重信など、歴史の
偉人たちの揮毫があり、近代に入り激動する歴史の流れの中で、この地域の人たちの残した心意気を「石造物」から読み取っていただく歴史学習にしたいと考えています。
文化講演会は、5月17日(水) 13:30から、
大竹市総合市民会館2階ホール開催されます。


 

大竹市のふるさと探訪~市域内外から多くの来訪者~

私たち歴史研究会は、今住む町を愛し続けて36年が経過しました。
会員の平均年齢も徐々に高くなることに心配しながらも、月例会にはお元気でお会いでき、“ふるさと史”を調査研究し、そしてまとめたものを市民の皆さんに“製本化”として読んでいただいています。
厳しい時代の流れの中でも、いつも会員同士で“少し立ち止まろうよ、そして振り返ろうよと”と、先人たちが作り上げた貴重な文化・そして文化財の基盤の上に立って、出来上がった町の気質となっている風景を大切にしようと頑張っています。
大竹は決して広く知られた歴史の町、観光の町ではございませんが、学習となるポイントは他の町と比較して決して勝るとも劣らない多くの歴史が語りかけてくれています。

しっとりとした町並みの「西国街道玖波宿」、福島正則が築いた歴史ある「亀居城跡」は400年前の中世戦国期・江戸初期の創成期の姿を伝えています。
また、市域沿岸部では、幕末の動乱期の苦しい村人の経験から立ち上がった力が、文化財を残してくれています。
各所で「長州の役芸州大竹口の古戦」を中心に語り掛けています。

遠い昔、1400年前の伝説の中から「厳島神社創建伝説」、「宗像三女神伝統」が残る町の史跡は貴重です。
そして江戸時代初期から守り続ける「大竹手漉和紙」の生産地として育まれ、今なお一生懸命保存会の皆さんによって取り組まれ、“大竹の和紙”を手にすることが出来ます。
そして亀居城跡本丸から眼下に望む風光明媚な広島湾の西の景観は「三県一望」の唯一の地であり、そしてクライマーたちが集う「三倉岳」など、自信をもって私たちの町を広く伝え、お招きしようではありませんか、きっと満足していただけることでしょう。

今年も年間を通して、市域内外からの研修者7団体をご案内し、そしてスライド上映による講座3回を含め、多くの皆さんとの出会いがありました。
これからも多くの皆さんが、市域の古き町並みや建物文化財、そして日本史の重大な歴史的節目にかかわる特長ある歴史に触れていただくことができる大竹市です。
大竹市歴史研究会一同お待ちしています。

今年の市域来訪者との交流を振り返る

全国ネットワークを持つ「シャープ社友会広島」“大竹に白羽の矢”

5月24日(火)、全国にネットワークを持つ「シャープ社友会広島」の歴史探訪の会21名の皆さんをご案内しました。
市域中心部にある「松尾芭蕉の句碑」や地区の歴史が詰まっている「厳神社巡り」と、慶応2年8月の長州の役で幕府軍艦の艦砲射撃による浄土宗西念寺の「砲弾跡」そして福島正則の支城「亀居城跡」の史跡を紹介しました。

長州の役「芸州大竹口の戦い」150年記念活動

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市域沿岸部玖波地区から史跡を訪ね、玖珂郡和木町では、「小瀬川口の彦根軍との激戦の跡」安禅寺境内の「彦根戦士之墓」を巡り、戦跡を辿る歴史探訪の会を実施しました。

亀居城跡に魅せられて

%e8%a8%98%e5%bf%b5%e5%86%99%e7%9c%9f%e6%b5%b7%e7%94%b0-jpg16月5日(日)、海田町歴史散策研究会18名が来竹。「小方の町並みと亀居城跡」を散策,城内二ノ丸イベント会場で交流会を開きながら食事会を開きました。
亀居城跡は、昭和53年10月から第一次調査を開始し、同54年の第2次調査を完了し、本丸の石垣や天守台の礎石4列20個が400年前の姿を残し、刻印や矢穴跡、排水溝暗渠部、瓦などの出土確認など全調査を終え、その後市の都市公園として、また史跡公園として現在に至っています。
天守閣をはじめ本丸から数えて11の郭を確認できる城跡としては近郊にはない貴重な城跡で、大竹市の“史跡文化財の切り札”として、市民の誇り得る心癒すことのできる公園となっています。市域外からも年間を通して多くの方々が訪れています。
学習する会として、また個人小グループの散策も四季を問わず出会える都市公園として広く親しまれています。
歴史研ボランティアグループはいつも史跡公園内ガイド、そしてそのたのご案内もするよう歓迎しています。

放課後児童ふるさとの城跡学ぶ

9月29日(木)、市教育委員会生涯学習課の「放課後子供教室事業」の一環として、毎週1回公共施設内活動が主で、4年生~6年生の児童36名が2グループに分かれ学習活動をしています。その一つとして屋外学習を取り入れ、小方の「かめっこクラブ(19名)」と栄地区方面の児童「よつばクラブ(17)名」たちが歴史散策を行ない、「亀居城跡の歴史と400年前の城跡史跡」について大竹市歴史研究会が説明指導を行いました。

「古希の会 同窓会」ふるさと懐かしむ

%e3%83%a2%e3%83%8b%e3%83%a5%e3%83%a1%e3%83%b3%e3%83%88110月9日(日)、大竹小学校6年生卒業同窓会の「古希の会」が、市域はもとより全国から90数名が参加され、大竹市の“エスポワールおおたけ”で同窓会が行われました。
翌10日(月・祝日)関東・下関方面などへ帰られる方を含め11名が、歴史研究会の案内のもと、市域を巡りました。
小瀬川沿いの思い出の場所や、幕末吉田松陰のふるさと最後の“木野川の渡し”袂の「句碑」、長州軍の大野浦戦での戦死者の墓のある籌勝院に参拝、苦の坂口の「古戦場跡」など川沿いを上流へと周り、そして「亀居城跡の史跡」巡りを終え、午後は企業城下町や太平洋戦争下の元大竹海兵団・海軍潜水学校の位置確認や、戦後三大引き揚げ港の一つとして昭和20年12月から22年1月末までの約1年間に41万783人の在外軍官民が大竹港に上陸、祖国日本の地へ第一歩を踏みしめた場所を紹介しました。
現在は日本の経済を支える企業城下町として一翼を担い、戦時下の面影を確認することは難しくなりましたが、近郊でも特長的な企業群で、企業の中は市道になっており自由に行き来できる環境に驚かれ、案内ポイントの一つとして紹介しています。

大竹の文化財を訪ねて

img02710月12日(水)、広島県退職教職員協議会「佐伯地区支部」の会員11名家族1名が参加されました。
「大瀧神社巡り」と約200年前に新田開発された栄地区の堤防の形跡や貴重な満潮時の潮留「鼻操南蛮樋」が現在もかつての樋門の姿をとどめている貴重な市域の文化財産を議会の皆さんの要望により初めて説明会をしました。
小瀬川河口では戦後初めて導入された「コンビナートシステム」を目の前に見ることが出来る。現在の日本を支えている企業群の見学と戦中化の元大竹海兵団・海軍潜水学校の「探知講堂のモニュメント」から当時を想像していただきました。
退職教職員の皆さんも地域ごとに協議会を持ち、毎月種々な活動の中で学習され、地域社会に貢献されていることを知り心強く感じました。

初の来竹・防府市観光ボランティアガイドの会

%ef%bc%91%e9%98%b2%e5%ba%9c10月20日(木)、22名が参加され、「長州の役150年」を機に、和木町の「小瀬川古戦場跡」、「蜂ヶ峯歴史資料館」などを学習された。その中でビデオ上映では真剣に学習されていました。
そして大竹市の「亀居城跡」には全員が始めてこられたということで、長州の役とは歴史的に隔たりがあり、戸惑いもあったようでしたが、天下の武将福島正則の築城跡ということで理解を深め多くの方たちが真剣にメモされておられました。
全国的にもまれな全11の郭が残る城跡は珍しく感動され、少し整備の行き届きを指摘されましたが大いに関心を持たれた様子でした。
また「詩の坂道」の一つ一つに懐かしさを感じていただきました。

市域内各歴史エリア「テーマ編集」されたスライド上映による講演会

1.自由民主党大竹支部月例会「小方の街並みと亀居城跡」
2.大竹支部厚生保護女子会「小方の街並みと亀居城跡」
3.大竹市立玖波小学校「総合学習・玖波の町並みについて」

歴史研究会市域内外研修活動

1.三次市「文化・芸術の町」鑑賞(5/20)
2.広島城と宇品港方面研修(1/22)
3.周防大島町研修(3/04)
4.しまなみ海道「村上水軍城」探訪(7/19)
5.岩国市美和町歴史探訪「大三郎観音霊場」(9/21)
6.愛媛県今治・松山など一泊城郭研究(11/11~12)