大竹市のふるさと探訪~市域内外から多くの来訪者~

私たち歴史研究会は、今住む町を愛し続けて36年が経過しました。
会員の平均年齢も徐々に高くなることに心配しながらも、月例会にはお元気でお会いでき、“ふるさと史”を調査研究し、そしてまとめたものを市民の皆さんに“製本化”として読んでいただいています。
厳しい時代の流れの中でも、いつも会員同士で“少し立ち止まろうよ、そして振り返ろうよと”と、先人たちが作り上げた貴重な文化・そして文化財の基盤の上に立って、出来上がった町の気質となっている風景を大切にしようと頑張っています。
大竹は決して広く知られた歴史の町、観光の町ではございませんが、学習となるポイントは他の町と比較して決して勝るとも劣らない多くの歴史が語りかけてくれています。

しっとりとした町並みの「西国街道玖波宿」、福島正則が築いた歴史ある「亀居城跡」は400年前の中世戦国期・江戸初期の創成期の姿を伝えています。
また、市域沿岸部では、幕末の動乱期の苦しい村人の経験から立ち上がった力が、文化財を残してくれています。
各所で「長州の役芸州大竹口の古戦」を中心に語り掛けています。

遠い昔、1400年前の伝説の中から「厳島神社創建伝説」、「宗像三女神伝統」が残る町の史跡は貴重です。
そして江戸時代初期から守り続ける「大竹手漉和紙」の生産地として育まれ、今なお一生懸命保存会の皆さんによって取り組まれ、“大竹の和紙”を手にすることが出来ます。
そして亀居城跡本丸から眼下に望む風光明媚な広島湾の西の景観は「三県一望」の唯一の地であり、そしてクライマーたちが集う「三倉岳」など、自信をもって私たちの町を広く伝え、お招きしようではありませんか、きっと満足していただけることでしょう。

今年も年間を通して、市域内外からの研修者7団体をご案内し、そしてスライド上映による講座3回を含め、多くの皆さんとの出会いがありました。
これからも多くの皆さんが、市域の古き町並みや建物文化財、そして日本史の重大な歴史的節目にかかわる特長ある歴史に触れていただくことができる大竹市です。
大竹市歴史研究会一同お待ちしています。

今年の市域来訪者との交流を振り返る

全国ネットワークを持つ「シャープ社友会広島」“大竹に白羽の矢”

5月24日(火)、全国にネットワークを持つ「シャープ社友会広島」の歴史探訪の会21名の皆さんをご案内しました。
市域中心部にある「松尾芭蕉の句碑」や地区の歴史が詰まっている「厳神社巡り」と、慶応2年8月の長州の役で幕府軍艦の艦砲射撃による浄土宗西念寺の「砲弾跡」そして福島正則の支城「亀居城跡」の史跡を紹介しました。

長州の役「芸州大竹口の戦い」150年記念活動

%e5%bd%a6%e6%a0%b9%e6%88%a6%e5%a3%ab%e4%b9%8b%e5%a2%93%ef%bc%88%e5%8f%b3%ef%bc%895月29日(土)、大竹市歴史研究会の記念活動として、江戸から明治へと新しい時代の転換期となった「長州の役150年」を記念として、市民の皆さんに呼びかけ28名が参加されました。
市域沿岸部玖波地区から史跡を訪ね、玖珂郡和木町では、「小瀬川口の彦根軍との激戦の跡」安禅寺境内の「彦根戦士之墓」を巡り、戦跡を辿る歴史探訪の会を実施しました。

亀居城跡に魅せられて

%e8%a8%98%e5%bf%b5%e5%86%99%e7%9c%9f%e6%b5%b7%e7%94%b0-jpg16月5日(日)、海田町歴史散策研究会18名が来竹。「小方の町並みと亀居城跡」を散策,城内二ノ丸イベント会場で交流会を開きながら食事会を開きました。
亀居城跡は、昭和53年10月から第一次調査を開始し、同54年の第2次調査を完了し、本丸の石垣や天守台の礎石4列20個が400年前の姿を残し、刻印や矢穴跡、排水溝暗渠部、瓦などの出土確認など全調査を終え、その後市の都市公園として、また史跡公園として現在に至っています。
天守閣をはじめ本丸から数えて11の郭を確認できる城跡としては近郊にはない貴重な城跡で、大竹市の“史跡文化財の切り札”として、市民の誇り得る心癒すことのできる公園となっています。市域外からも年間を通して多くの方々が訪れています。
学習する会として、また個人小グループの散策も四季を問わず出会える都市公園として広く親しまれています。
歴史研ボランティアグループはいつも史跡公園内ガイド、そしてそのたのご案内もするよう歓迎しています。

放課後児童ふるさとの城跡学ぶ

9月29日(木)、市教育委員会生涯学習課の「放課後子供教室事業」の一環として、毎週1回公共施設内活動が主で、4年生~6年生の児童36名が2グループに分かれ学習活動をしています。その一つとして屋外学習を取り入れ、小方の「かめっこクラブ(19名)」と栄地区方面の児童「よつばクラブ(17)名」たちが歴史散策を行ない、「亀居城跡の歴史と400年前の城跡史跡」について大竹市歴史研究会が説明指導を行いました。

「古希の会 同窓会」ふるさと懐かしむ

%e3%83%a2%e3%83%8b%e3%83%a5%e3%83%a1%e3%83%b3%e3%83%88110月9日(日)、大竹小学校6年生卒業同窓会の「古希の会」が、市域はもとより全国から90数名が参加され、大竹市の“エスポワールおおたけ”で同窓会が行われました。
翌10日(月・祝日)関東・下関方面などへ帰られる方を含め11名が、歴史研究会の案内のもと、市域を巡りました。
小瀬川沿いの思い出の場所や、幕末吉田松陰のふるさと最後の“木野川の渡し”袂の「句碑」、長州軍の大野浦戦での戦死者の墓のある籌勝院に参拝、苦の坂口の「古戦場跡」など川沿いを上流へと周り、そして「亀居城跡の史跡」巡りを終え、午後は企業城下町や太平洋戦争下の元大竹海兵団・海軍潜水学校の位置確認や、戦後三大引き揚げ港の一つとして昭和20年12月から22年1月末までの約1年間に41万783人の在外軍官民が大竹港に上陸、祖国日本の地へ第一歩を踏みしめた場所を紹介しました。
現在は日本の経済を支える企業城下町として一翼を担い、戦時下の面影を確認することは難しくなりましたが、近郊でも特長的な企業群で、企業の中は市道になっており自由に行き来できる環境に驚かれ、案内ポイントの一つとして紹介しています。

大竹の文化財を訪ねて

img02710月12日(水)、広島県退職教職員協議会「佐伯地区支部」の会員11名家族1名が参加されました。
「大瀧神社巡り」と約200年前に新田開発された栄地区の堤防の形跡や貴重な満潮時の潮留「鼻操南蛮樋」が現在もかつての樋門の姿をとどめている貴重な市域の文化財産を議会の皆さんの要望により初めて説明会をしました。
小瀬川河口では戦後初めて導入された「コンビナートシステム」を目の前に見ることが出来る。現在の日本を支えている企業群の見学と戦中化の元大竹海兵団・海軍潜水学校の「探知講堂のモニュメント」から当時を想像していただきました。
退職教職員の皆さんも地域ごとに協議会を持ち、毎月種々な活動の中で学習され、地域社会に貢献されていることを知り心強く感じました。

初の来竹・防府市観光ボランティアガイドの会

%ef%bc%91%e9%98%b2%e5%ba%9c10月20日(木)、22名が参加され、「長州の役150年」を機に、和木町の「小瀬川古戦場跡」、「蜂ヶ峯歴史資料館」などを学習された。その中でビデオ上映では真剣に学習されていました。
そして大竹市の「亀居城跡」には全員が始めてこられたということで、長州の役とは歴史的に隔たりがあり、戸惑いもあったようでしたが、天下の武将福島正則の築城跡ということで理解を深め多くの方たちが真剣にメモされておられました。
全国的にもまれな全11の郭が残る城跡は珍しく感動され、少し整備の行き届きを指摘されましたが大いに関心を持たれた様子でした。
また「詩の坂道」の一つ一つに懐かしさを感じていただきました。

市域内各歴史エリア「テーマ編集」されたスライド上映による講演会

1.自由民主党大竹支部月例会「小方の街並みと亀居城跡」
2.大竹支部厚生保護女子会「小方の街並みと亀居城跡」
3.大竹市立玖波小学校「総合学習・玖波の町並みについて」

歴史研究会市域内外研修活動

1.三次市「文化・芸術の町」鑑賞(5/20)
2.広島城と宇品港方面研修(1/22)
3.周防大島町研修(3/04)
4.しまなみ海道「村上水軍城」探訪(7/19)
5.岩国市美和町歴史探訪「大三郎観音霊場」(9/21)
6.愛媛県今治・松山など一泊城郭研究(11/11~12)

 

大竹市歴史研究会の活動について

今年もあと2か月半となりました。今年の大竹市歴史研究会の活動についてご紹介します。

 ○防府市ボランティアガイドの会 長州の役150年記念活動の一環
 10月20日(木)長州の役「芸州大竹口の戦い」跡研修視察 約20名予定
 観光バスにて大竹市到着(9:30)~玖珂郡和木町の民俗資料館見学~
 大竹市の亀居公園にて城跡見学(両会食事交流会)~
 玖珂郡熊野町の伊藤博文博物館

○大竹市歴史研究会一泊研修会
 大竹市歴史研究会では、発足以来30年、毎年「一泊研修」を続けてきましたが、本年をもって最後とする予定です。
 開催日 11月11日~12日(金~土)
 参加費 ガイド付き35,000円
 行 程 元町~市民会館(am8:00)~大竹IC(8:30)~
     しまなみ街道(大島)~村上水軍博物館~昼食~今治城~
     道後温泉宿泊~松山城~砥部焼~大竹着(19:00)
 会員でない方も参加できます。このホームページからメールでお問合せください。

 

 

新緑の来訪者

5月24日(火)、シャープ社友会歴史探訪の会の皆さん20名が来竹され、大竹市歴史研究会が西国街道小方路と亀居城跡をご案内し、亀居城二ノ丸イベント会場でお弁当を開き交流を深めることにしています。

また、6月5日(日)は、海田町歴史散策会の皆さん20名をお招きし、江戸時代西国街道「玖波宿」の雰囲気漂う町並みを散策し、昼食会をはさんで亀居城跡・詩の坂道、そして小方の町並みを散策します。

郷土史を共に学ぶ仲間として、より良い交流を深めて参ります。

 

「大竹口の戦い 150年記念」歴史・史跡めぐりの参加者募集

慶応2年(1866年)6月14日(新暦7月25日)の大竹口の戦いから、今年は150年目にあたります。
大竹口の戦いにより、大竹村を始め、小方村・玖波村の沿岸部は一日にして約1000軒の家屋が焼き払われ、被災者は9000人にも及んだといわれています。
四境戦争は、歴史上も重要であったはずですが、幕末史の中であまりにも関心が薄く、忘れ去られようとしています。
市民の中にも「長州征伐で皆焼かれたけぇ歴史はなぁいや」という言葉が飛び交い、小瀬川や苦の坂口で時代の転換となった戦があったことが重要視されてきませんでした。
私たちは、ふるさと史を学ぶ会として、市域の歴史・文化を明日に繋げるため、記念すべき150年を機に、下記のとおり歴史・史跡めぐりを企画し、参加者を募集しています。

主 催 大竹市歴史研究会
後 援 大竹市教育委員会
開催日 2016年5月29(日)
参加者 一般50名募集(マイクロバス2台)
申 込 大竹市教育委員会生涯学習課窓口
   (5月10日より受付を開始し、定員になり次第締め切ります)
参加費 3,000円 (弁当代、保険料など含む) 
集 合 大竹市総合市民会館    午前9:00
    大竹市上下水道局駐車場前 午前9:20
    玖波駅西口        午前9:30 

日 程(コース概要)

1、玖波の町並み散策(小城材木店、起り屋根、つし、洪量館・本陣跡、角屋井戸、称名寺文化財など)~大歳神社

2、小方浄土宗西念寺(肘木破壊跡)~小方散策(和田家の長屋門、けごろもの碑など)~厳神社

3、厳神社境内にて食事会(参加者全員に弁当)12:00~12:50

4、苦の坂峠(幕府高田軍)

5、和木町安禅寺(彦根藩士之墓)~和木町小瀬川護岸(小瀬川激戦跡)

6、長州軍の苦の坂進撃行路(油見トンネル経由)

(解散予定時刻)
総合市民会館着 16:30
市上下水道局着 16:45
玖波駅西口着  17:00

艦砲射撃の砲弾(厳神社)
艦砲射撃の砲弾(厳神社)
出師檄(厳神社)
出師檄(厳神社)

「夢リサイクルセンター」を見学

大竹市歴史研究会では、郷土の歴史学習と市域外研修が主な活動の目的ですが、近年はこれに加えて「地場産業」や「市域の生活基盤施設(インフラ)」などの見学を年1~2回実施し、私たちの町を見つめ直しています。

この度は、2月4日(木)に会員18名が参加し、1級河川小瀬川河口域の企業群の一角に位置している市の下水道終末処理場の同一地内にある 「大竹市リサイクルセンター」を見学しました。

私たちの住む大竹市は、敗戦後いち早く上下水道の施設完備に取りかかり、そして企業誘致による沿岸部に経済圏を確立すると共に廃棄物処理設備の導入を進めました。
現在では可燃ごみの固形燃焼化を図り、指くらいの太さで水分10%程度の固形燃料として県内各市や町と共に「福山リサイクル発電所」の発電燃料として再利用されています。
大竹市の平成26年度の固形燃料量は、3,700トンで1トン当たり約3,400円を支払い発電所に引き取ってもらっているそうです。
場内には、鉄、アルミは磁石を利用して分別圧縮、ペットボトルも圧縮梱包されたブロックが山積みされていました。ビン類は色分けし、また新聞・雑誌など含めてそれぞれの業者に売却されているとのことでした。

当日は、約2時間に及び施設担当者からわかりやすく説明していただき、市民生活の中で廃棄物の分別の重要さを学習しました。
その中で特に火災発生に繋がるライター、スプレー缶類は中を完全に抜き、可燃ガスが残らないよう特に注意してくださいとの要望がありました。
各家庭内の正しい仕分けから始まる“リサイクル運動”により、美しい町づくりの一つに繋がり、取り組む気持ちを新たにしました。
また、こうした社会生活の基盤となる施設を、多くの市民の皆さんにも見学していただければと思いました。

活動報告

「ふるさとの歴史紹介」に取り組む

この1年は、各地区の古き町並み、史跡、文化財などを積極的に紹介することを重点目標に掲げ、市内のボランティアガイドと地域の史跡や文化財などの写真を撮影し、約50コマのスライドに編集しました。そして、各地区の各種団体に呼びかけ、10月までに7回の現地説明会とスライド上映会を開催し、多くの市民の皆さんと地域学習をしてまいりました。
歩くことによって健康保持と歴史を学ぶことにより心穏やかな気持ちになると信じ、また、新年度も歴史研究とガイドテクニックを養って、現地説明会やスライド上映会で市内外の方にふるさとの歴史をお届けしたいと思います。

【ガイドコース(一日市内研修)】
1.西国街道「玖波宿」 2.亀居城跡と詩の坂道 3.小方の町並み探訪
4.長州の役大竹口の史蹟を訪ねて 5.元町界隈を歩く 6.氏神社の境内散策

【スライド上映による歴史講座】
1.木野地区「歴史・史跡探訪」 2.歴史を語る「神社参詣」 3.「玖波宿散歩」
4.油見古道 5.「亀居公園と小方の町並み」

 

秋の活動期、市域内外の多くの方々と触れ合う

市教委・生涯学習課の主催で、10月29日(木)に「放課後子ども教室」の一環として、「小方の里クラブ」と「栄四つ葉クラブ」に歴史の指導を行いました。
そして歴史研究会の茶道部の皆さん15名が茶席を用意し、子供たちに少しの礼儀を指導「お抹茶」を振る舞い、若い子どもたちと明るい話が飛び交い。老若男女共に元気をいただきながら夕暮れ迫る午後5時頃散会しました。

 

玖波地区社会福祉協議会の皆さんと「氏神参詣」を上映

玖波地区社会福祉協議会の主催で、11月5日(木)午後1時30~3時30まで、浄土宗称名寺本堂で40数名の会員の集う中で、氏神参詣を行いました。
氏神社はお願い事をたくさんして軽やかに神社を後にするのが普通のお参りですが、各地区の氏神社は多くの歴史を語ってくれる大切な場所です。境内を散策しながら種々文化財と語り合っていただくため境内をくまなく写真に収め、「氏神参詣」として約50コマ2時間のスライド上映と由緒の説明をお話しました。
多くの参加者と意見を交わし有意義な時間を過ごしました。

 

玖波小学校「総合学習のお手伝い」

大竹市立玖波小学校6年生を対象とした、総合学習の一環として、11月9日(月)に大竹市歴史研究会の河野哲男副会長の指導のもと、江戸時代京の都から32番目の宿場町として栄えた「玖波宿」を22名の児童と共に3時間歴史指導を行いました。
現在も貴重な文化財が数多く残る玖波の町並みには、江戸時代前期の「手水鉢」「寺院の喚鐘」が大切に活用されています。
また、江戸期から残る「角屋釣井」や300年の時を経て街道にその姿を見せている「鳴川の石畳」など、そして明治以降町の繁栄と共に建てられた「うだつ」「起り屋根」「つし」そして「錣屋根」など明治・大正様式の日本の建物文化財を話しながら指導し、児童たちは一生懸命記録していました。
児童たちは、学校に帰ってから、建物や石造物が今も変わらぬ雰囲気を作り出している玖波の町並みについて、グループごとにテーマを掲げてまとめることにしているそうです。
児童たちのまとめに期待をしています。

 

歴史研30年連続『一泊研修』 防府~萩へと大河ドラマ「花燃ゆ」逆から学習

30年間かかすことなく続けています『一泊研修』は、本年度は11月13日(金)~14日(土)の日程で行いました。
NHK大河ドラマ「花燃ゆ」も終盤に入り、今回は逆から防府・長門大寧寺・そして萩をくまなく学習しました。3地区のボランティアガイドのご指導を受け、楽しい研修旅行でした。
ホテルのボーリング場では、“老兵にムチ打ち”皆さん30年ぶりにボーㇽを持った。“昔取った杵柄”は機能せず、ボールを抱え込んで投げる人、ガーターを連発して笑いこむ人、100ポイントの大台に達した人は1名だけ。その他はガーターばかりでしたが、想定外の楽しい時間を過ごしました。

 

「元町界隈」古き時代の生活の小路や多くの石造文化財を知る

大竹市歴史研究会では、11月25日(水)、会員14名が午前9時小雨の降る中、元町二丁目浄土真宗勝善寺境内に集合、「元町界隈」を6時間かけて研修をしました。
元町界隈には、手漉き和紙の盛んな地区であったことから、「井筒通り」と呼ばれる網の目のような小路が縦横に作られ、山側から小瀬川に楮の晒場へ向かう小路が今も残され、人々の生活の中に溶け込んでいます。また、この地区内では歴史を伝える石造物が多く、日本史にその名を残した著名人の書かれた筆さばきを見ることが出来ます。
大竹邨閘堰碑には、近衛忠煕・大隈重信、柔道中川保太郎先生之碑には、講道館長嘉納治五郎、大竹町・木野村合併記念碑には大蔵大臣池田勇人など。元町界隈は石造文化財巡りも楽しい歴史探訪地区の一つです。

 

頑張る地場産業「三國酢」88年の老舗ブランド

現在の様に高度な経済発展の中で、元町地区には老舗といわれる地場産業も数業種あり活き活きと生産活動をしています。歴史探訪の最後に、地場産業学習として、昭和3年に創業の「三國酢」(元町二丁目)の工場見学をしました。
三國酢の銘柄の由来は、大竹が広島県南西部に位置し、江戸時代の国の名前から「安芸国」、「周防国」、「石見国」の境になることから三国一の酢になる様に願いを込めて「三国酢」と社名をつけたという粋な暖簾を今に引き継いでいます。
お酢ができるまでの作業工程を三国酢会長さん自ら丁寧に説明していただきました。料理に合わせ研究された6種類の銘柄の生産をされていると説明を受けました。
全員が思い思い銘柄を直販で買い求め「元町界隈」の歴史探訪と工場見学を終えました。

 

大野万年青会(おおのおもとかい)3kmウォーキングと亀居城跡学習

廿日市市大野支部万年青会38名が、11月28日(土)大竹駅に10時に到着され、3kmの道程をウォーキングして、大竹市歴史研究会のボランティアガイド2名の待つ「亀居公園」に笑顔で到着されました。
亀居公園は亀居城跡として市の史跡にも指定されています。
関が原の合戦で西方の主であった毛利輝元は真新しい中国地方一の名城「広島城」を追われ、萩の寒村に減俸されました。一方、福島正則は東方に与して勲功を揚げ勝利に大きく貢献し、慶長6年3月に尾張国清州城24万石から安芸国49万8千石を拝領し、広島城に入城しました。
正則は、毛利氏への守りの城として小方に慶長8年(1603年)から5年の歳月を要し築城しましたが、完成後3年の慶長16年にはっきりとした理由は不明ながら破却されました。
しかし、今に残る築城当時のままの11台の郭(少しの形は変わっていますが)の全郭が見られる城跡は全国的にも珍しい城跡であることを説明し、その他にも「刻印」42種264個、井戸跡2ヵ所、天守閣礎石と石垣などを見学ルートに従い説明をしました。また、本丸からの広島湾西部を望めば「三県一望」の地として素晴らしい景観も見どころとして紹介しました。
亀居公園から南に下ると長州の役大竹口での戦いの傷跡「西念寺の砲弾跡」を見学し、小方公民館前にて、主催者のお言葉をいただき、またのお会いを約束して解散しました。

近くて遠い島 「阿多田島」歴史探訪

午前10:10に阿多田島漁港の桟橋に着きました。
現在、阿多田島漁港は本浦全域が近代化された漁港として活況をおびています。
また隣接する猪子島へは強固な橋が架かりイリコ加工工場や養殖場などの拠点となっています。港の西側にあり「橋」であると共に地元では台風などによる災害防止の「堤防」ともいわれ両方を兼ね備えています。

桟橋に着くと、近代漁港ができる前の港の「波除け石垣」が残り、阿多田島の歴史を辿るうえで貴重な文化財の一つに接することが出来ます。

最初に訪れたのが「阿多田嶋神社」です。この島の歴史を語りかけてくれる石造物や絵馬そして金属の燈籠など貴重な文化財が島の人たちによって大切に保護されています。
また西に向かって周回道路を15分ほど登っていくと、左側に「観音堂」への参道に差し掛かります。観音山(海抜94m)にある観音堂へはそこからまた約15分で着きます。長崎県北部平戸の沖で玖波村の与右衛門という人が網に掛った観音さんを持ち帰り祀ったといわれています。約350年前から地元の人たちにより手厚く信仰されています。毎年4月3日と定め地区総出でお参りするといわれます。

続いて、演福寺を見て回りました。
「郷邑記・小方村(1806年)」には、天保2年(1835年)の記録に「阿多田島者本来当寺(立安寺)の檀家也し役僧同島に寺を建て檀家当寺に離壇す」とあり、「浄土真宗本願寺派演福寺」を建立たといわれます。特長ある寺院建築を拝観することが出来ます。

それから、灯台資料館に行きました。
明治36年(1903年)瀬戸内海の海上交通の発展のために建立されたといわれる「白石灯台と吏員退卽所・油倉庫」など煉瓦造りで立てられ、昭和30年代に入り施設使用が終わり、現在では国の登録有形文化財(1996年)に指定され、市民保養地「海の家あたた」と共に「阿多田島灯台資料館」は地区の人たちによって運営され、灯台の歴史などを説明いただき学ぶことが出来ます。

本浦地区は独特の傾斜に家々が立ち並び、市域では見られない石垣に特長があります。豪快に積み上げた「野面積み」「打ち込みはぎ」「切り込みハギ」という日本独自の石組技法を学習することが出来ます。

また、海上では、カキの養殖筏が海に広がり、加えて養殖筏や釣堀筏もあり、地域産業の一翼を担っている息吹を感じます。

この夏一番の猛暑の中、5時間に及ぶ島の歴史や文化財を学習し、午後15:50分に阿多田島を離れ小方港へ上陸無事研修会を終えました。

 
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「山代の国(岩国市美和町・本郷町)」の歴史

3月2日(水)、大竹市歴史研究会の今年最初の研修として、岩国市美和町に「山代の国の歴史研修」に行ってきました。
21名が参加し、多くの文化財に触れることができ、とても楽しい一日でした。

江戸後期、岩国藩主の吉川経幹は、窮乏にあえぐ坂上組(さかうえぐみ)の改革のため坂上村渋前に「撫育(ぶいく)役場」を東林寺に設置し、玉木東平(後の大審院長)を任命して地域の更生を図りました。
撫育役場は後に長州の役の前線基地となり、玉野東平は坂上組内を奔走して岩国領と長州本藩の境を分かち合いながらも、芸州口に対する北の門を守り抜きました。
また、浄土真宗真教寺境内には、芥川龍之介が錦帯橋に来て父の里を指して「本是山中人(もとこれさんちゅうのひと)」と書いた一文を「父子の碑」として地区の人々によって建立されています。
その他にも大切にされている「盃状穴」など多くの文化財を見学し、歴史の足音が聞こえてくる美和町のまちを探訪することができました。

それからトンネルを抜け、山代街道の中継地点として栄えた「本郷町」に入りました。かつては村でありながら「警察署」が置かれた交通の拠点地域でした。
この地は、中世後期に和紙の生産が始まったところで、原料の「楮」が土壌に適していたため生産が過剰となり、近隣の美和町や広島県側の栗谷地区から小瀬川下流に向けて和紙生産が広まりました。
日本でここだけにある立派な「楮神社」にお参りをしてきました。

吉田松陰の実兄の「杉 民治(すぎ みんじ)」は、明治5年(1872年)から明治9年(1876年)まで旧本郷村の行政に関わり、和紙の生産から稲作を奨励し、新たに開墾、灌漑用水路を各所に張り巡らし村を支えました。
現在も用水路の水は勢いよく流れており、「開拓の碑」が田圃の傍に建てられています。
その業績は今も地区民の誇りとして、感謝の気持ちを持っておられることを、案内役の方からも強く感じ取ることができました。地区の人たちみんなで地区の歴史を温めているようでした。
その他にも「代官所跡」など多くの場所を巡り、両地区の歴史民俗資料館では、貴重な歴史と文化財を見て学習することができ、山代の国の歴史研修を終えました。

今年2回目の研修は、4月8日(水)に日帰り研修として「八千代湖と毛利元就歴史探訪」を学習テーマとして安芸高田市を訪ねます。
すでに現段階で21名の参加希望者があり、八千代湖の花見~元就の譜代家老宍戸隆家の居城跡~宍戸司箭神社~歴史民俗資料館~元就の墓などの見学の準備を進めています。