「大竹一周 歴史・文化財を訪ねて」を開催しました!

大竹市歴史研究会が実施する市制施行60周年記念事業の最後の事業として、11月22日(土)に「大竹一周 歴史・文化財を訪ねて」を開催しました。
53名の方が参加され、大竹市の歴史・文化財をバスで巡りました。

まずは、「大竹市の上下水道」の見学から始まり、大竹市職員の説明を受けながら、広島型花崗岩地帯と粘板岩玖珂層群がぶつかる地点を確認しました。
そして、太平洋戦争中、栗谷町の下が原地区に海軍避難飛行場が完成していたことなどを学び、栗谷の「マロンの里」で食事をとりました。

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下が原飛行場
海軍「下が原避難飛行場」の面影残る下が原地区

 

午後からは、栗谷の瑞照寺の裏山にある「新西国三十三番霊場」に登り、七観音三十三体に手を合わせました。この石仏は、天保4年(1833年)に小方の松五郎が作成したとされ、自然石に浮き彫りされています。その彫りの素晴らしさに魅了されながら、約1時間で全員下山しました。
そして三倉岳の悲しい伝説などを聞き、小瀬川水系の2つの多目的ダムと2つの電力ダムの無駄のない相互関係の働きなどの説明を受けました。

それから、玖波地区では、力量石や神生石、そして元禄手水鉢や喚鐘など、いずれも320~330年前という大竹市で最も古い文化財を見学し、屈観音・足摺地蔵など多くの石造文化財にも触れ、午後4時に大竹市をぐるっと一回りして、楽しい歴史探訪を終えました。

「拓本展」が始まりました!

大竹市総合市民会館1階ロビーで、「拓本展」が始まりました。

拓本展では、大竹市内のいろいろな石造文化財の拓本を展示しています。
これらの拓本は、今年の春から夏にかけて大竹市歴史研究会の会員が、大竹市内を回って採取したものです。

拓本展は、11月26日(水)までとなっています。
この機会にぜひご覧ください。

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大竹市歴史研究会の関係イベントのお知らせ

今月から来月にかけて大竹市歴史研究会が関係するイベントが続きます。
興味のある方はぜひご参加ください!

大竹一周 歴史・文化財を訪ねて

開催日:11月22日(土)
集 合:大竹市総合市民会館 8:30~8:50(9:00出発)
参加費:1,500円(食事・保険・交通費)
申込み:11月4日(火)~11月14日(金)の間に
    大竹市教育委員会生涯学習課まで(0827-53-5800)
定 員:50名(定員になりしだい募集を締め切ります)

 

拓本展

開催日:11月19日(水)から11月26日(水)まで
場 所:大竹市総合市民会館1階ロビー
内 容:大竹市内の石造文化財の拓本を展示します(無料)。

 

大竹と亀居城の歴史塾

開催日:11月30日(日)10時~12時30分(雨天決行)
場 所:亀居公園
参加費:300円(当日受付にて徴収)
申込み:11月1日(土)~11月17日(月)の間に
    大竹市教育委員会生涯学習課まで(0827-53-6677)
内 容:亀居城を散策しながら大竹市歴史研究会が大竹と亀居城の歴史について
    学びます。
    大竹の郷土料理の「もぶりむすび」や「出陣栗そば」などもお楽しみい
    ただけます。

 

スライド上映会(玖波の町並み散歩・和木町の史跡巡り)

開催日:12月17日(水)13時30分~15時
場 所:サントピアおおたけ(大竹市総合福祉センター)
内 容:大竹市ボランティア連絡協議会と和木町ボランティア連絡協議会の合同
    企画により、大竹市と和木町の歴史についてのスライド上映会を開催し
    ます。

 

油見古道を歩く

油見古道
心癒される油見古道

油見の顕徳寺というお寺から登り、右手に歩きはじめると静かなたたずまいの「油見古道」という心癒される古道に差し掛かります。

油見古道は、江戸時代初頭の大竹の海岸線が山裾まであった頃、小方の港や西国街道に出る主要な道でした。
かつては現在の元町方面から繋がっていましたが、近年はその姿がなくなりました。
しかし、近郊でも見られない貴重な古道であり、今もなお生活道として活用されています。

油見古道の白檀
石垣に自生する「白檀」

油見から立戸にかけて昔日をしのばせる見事な石垣は、この山裾の地層の石で築かれている「粘板岩玖珂層群」の石で、いつの時代に築かれたものかはわかりませんが、寸分の狂いもなく時を積み重ねています。
昔はどこの家の石垣にも自生していた「白檀」という多肉植物で、花をつけない時期は決してきれいではありませんが、石垣にしっかり根を張る我慢強い植物です。
現在では生活環境も変わり、コンクリート化されて住むところを追われ、市域でもここだけに見られるようになりました。5月初旬にわずか直径3cmほどの赤い可愛い花を一斉に元気よく咲かせます。

その古道をしばらく歩き、左の山道を登ると「薬師堂」があります。

油見薬師寺(役小角)2
下駄を履いた仏様としては破天荒な役小角の像

油見の薬師寺は、すでに195年前の国郡誌油見村に記載されています。
古くから油見村の人々によって、薬師如来をご本尊として大切にお堂は守られています。また、市域では小方の行者山とここだけに見られる貴重な「役小角(えんのおずめ)」の仏像があります。

「役小角(えんのおずめ)」は、実在の修験僧で、欽明6年(537年)に生まれ、修験道の開祖といわれています。出で立ちも袈裟をかけ頭巾をはおり、高下駄いて履き杖をつく像が多く、油見の薬師堂の仏像もまさにその通りのお姿です。

玖波小学校6年生 西国街道「玖波の町並み学習」

10月17日(金)、大竹市歴史研究会の会長が、玖波小学校の「玖波の町並み学習」に参加し、6年生31名と一緒に玖波の歴史的な街並みを歩き、子どもたちに玖波の歴史を説明しました。

最初に訪れた称名寺では、中国(明)の僧である隠元の字を彫ったものや、喚鐘、手水鉢を見学しました。
子どもたちは身近なお寺に歴史を伝える様々なものがあることに驚いていました。
また、外の石垣が「打ち込み接ぎ」という大変強固なもので作られているということに感心していました。

玖波の町並み学習1玖波の町並み学習3

 

 

 

 

玖波の町を歩いている間に、現在玖波地区に39件ある「卯建」について話をしました。
子どもたちも日頃見慣れている様子でしたが、歴史的価値のあるものだという認識はなく、びっくりしていました。
実際にうだつがある家に住んでいる子どももいて、子どもたちにとって非常に関心の高いものでした。
起り屋根は現在2件ということで、知っている子どもは少なかったです。

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続いて、馬だめしと鳴川の石畳を歩きました。
馬だめしの坂を実際に歩いてみて、ここを馬が通るのは大変ということを実感した様子でした。
子どもたちは、秘密の隠れ家のようなつもりで、うれしそうに歩いていました。

また、鳴川の石畳が、当時と同じものであることにも驚いた様子でした。
このような歴史的なものが身近にありながら、全く知らないことにびっくりした子どもがいました。

玖波の町並み学習6玖波の町並み学習7

 

 

 

 

最後に大歳神社に行き、力量石と神生石について話をしました。

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これからも子どもたちに大竹市の歴史を知ってもらえるよう、こうした活動を続けていきたいと思います。

大竹手漉き和紙に石造物を写しだす「拓本展」を開催します

大竹市歴史研究会は、大竹市市制60周年記念事業として「拓本展」を開催します。

著名人の「辞世の句」、「石仏」、「顕彰碑」、「道しるべ」など、大竹市域の石造物の拓本を取り、由緒などの資料とあわせて公開します。

ぜひお越しください。

 

 開催期間 11月19日(水)~26日(水)まで

 展示会場 大竹市総合市民会館ロビー

 資  料 出品作品については、由緒など会場にて提供します

 拓本展チラシ

 

大竹一周歴史・文化財を訪ねて

大竹市市制施行60周年記念事業として、「大竹一周 歴史・文化財を訪ねて」を開催します。

大竹市をバスでぐるっと周りながら、大竹市歴史研究会の会員が、大竹市の歴史や文化財をご案内します。
楽しく大竹市の歴史を勉強してみませんか?

開催日:11月22日(土)
集 合:大竹市総合市民会館 8:30~8:50(9:00出発)
参加費:1,500円(食事・保険・交通費)
申込み:11月4日(火)~11月14日(金)の間に
    大竹市教育委員会生涯学習課まで(0827-53-5800)
定 員:50名(定員になりしだい募集を締め切ります)

手すき和紙の歴史を作った「井筒」路地

小瀬川の川原から山の麓まで続く生活道(かつての楮運搬道)

小瀬川流域の和紙の歴史は、中世後期山代の国(現岩国市本郷町波野)に始まり、原料の楮も順調に確保され余剰が出るほどとなり、国境(くにざかい)を越えた栗谷地区に製法が伝わったといわれています。

広島型花崗岩の地層を流れる小瀬川は、良質な和紙が漉かれ江戸時代に入り、川手・木野・そして大竹へと広まりました。 

大竹地区では、「紙漉き」が多くの家で漉かれるようになり、各生産者が「楮」を大きな釜で蒸し小瀬川の河原に担いで行くため、山手の人たちが直線的に効率よく行けるように、各家主が土地の一部を提供し合い、山手から遠回りしないで小瀬川にたどりつくようにした路地が「井筒」のように作られ、今も生活に欠かせない路地としてそのまま使われています。

ここにも大竹人気質の心優しさが色濃く見えます。

元町4丁目から本町辺りまでの町並みを気を付けて見ると、3軒から4軒で川に降りるようになっている。他の町にはない路地の多さに気づく。

それは、大竹が特産和紙の生産地としての基盤をなした道であることを今に伝えています。

この水どこから?

小瀬川水系は、全長59kmの決して水量豊かな大河ではありません。

しかし、二つの多目的ダム、その一つは西日本3位といわれる弥栄ダムがあり、そして中国電力の二つのダムを有し、一滴の水も無駄なく私たちの生活に大変役に立っている川です。

廿日市市浅原の保曾原地区より小瀬川の水を送水管で渡ノ瀬ダム上流の友田橋のところから渡ノ瀬ダムに送り年間発電量を確保しています。

そして渡ノ瀬ダムより中国電力玖波水力発電所でタービンを回し電気を作り、使用後の水は半分は玖波地区の恵川には流し、残りの半分は借りた水は小瀬川に返すということで、大竹市上水道水源地上手約70mのところに返されています。

このことにより、下流にある行政水源地施設や民間水源地施設数カ所に役立っているのです。

発電水
写真上部は、国道186号線(防鹿~穂仁原中間あたり) 玖波水力発電所より使用済みの水が、ここに返されている。